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【燃え上がれ清五郎】この声を誰に届けよう?

2014年5月8日

 「俺らの声が届いているか マルクスゴール Oh Yeah !」

 02~03シーズンに合計51ゴールをあげ新潟のヒーローになったマルクスの歌の歌詞だ。

 この歌は、僕が15年間アルビレックスを追っかけてきた中で一番思い入れのある歌だ。当時は「チャント」という単語すら一般的でなく、僕らも「マルクスの歌」とか「マルクスゴール」という題名をつけて呼んでいた。

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J2新潟-山形 後半22分新潟FWマルクス(中央)がゴールを決める
=2002年5月12日、新潟市陸上競技場

 この歌が好きだった理由は3つ。

 一つはマルクスが素晴らしい選手だったこと。

 背は低く、足も遅かったけど動き出しは早く、シュートは巧みでずる賢かった。そして10番のFWなのにいわゆる汗っかきなタイプで労を惜しまなかったし、何と言ってもGKとの1対1が抜群に上手かった

 先日の川又堅碁の相手GKとの1対1を見たか?マルクスだったら間違いなく相手GKをワンタッチでかわしてから、わざと追いつかせてファールをもらい、退場に追い込んだ上で確実にPKを決めていたはず。マルクスのPKはそれこそ伝説的に上手かった(成功率100%)。

 

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J2新潟-湘南。前半6分、FWマルクス(10)がPKを決め先取点
=2002年9月14日、新潟スタジアム

 あー、なんだっけ?マルクスゴールLOVEな理由?あと2つかw
 
 ざっくりいうと、マルクスは僕らサポーターのことも自分の歌の事も大好きで、しかも、その表現が上手く彼の気持ちが手に取るようにわかる選手だったってことがある。シーズン終了後のコメントが(契約前なのに)「来年も僕の歌を歌ってほしい」だったとか、本人のケータイの着メロは当然のように「マルクスゴール」だったとか、試合中僕らが歌うと嬉しさのあまり手を振って応えちゃうとか。試合中だぜ?集中しろよって話だ。この歌は僕らとマルクスの相思相愛を確かめるツールになった歌でもあった。
 

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長いリーグ戦を終え、熱烈な応援で支えたスタンドのサポーターに挨拶するマルクス(右)ら
J2新潟の選手たち=2002年11月24日、新潟市陸上競技場 

 最後の一つは相手サポーターへの呪いの効果が抜群だったこと。

 特に1試合4ゴールを取られた大宮札幌横浜FCあたりは、僕らに露骨にコンプレックスや恨みの感情を持っていたんじゃないだろうか?清く正しいスポーツマンシップの持ち主だった僕は、勝ち試合の後に相手サポーターのブログを巡回し、呪いや侮蔑の言葉をくまなく読みつくすのが最高の喜びだった。

 今はめっきり少なくなったけど、当時のブログ文化は、あれはあれでよかったなぁと思う。あれだけの深い悲しみ憎しみ恨み妬みはツイッターやFacebookでは絶対に出てこない!「マルクスゴールが耳から離れない」という大宮サポのブログを読んだ時の、スッキリ爽快としたあの気分は、今はなかなか味わえない。
 
 その名曲マルクスゴールを作ったのは当然僕だ。
 
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 ごめん。嘘。
 ちょっと切なくなって嘘ついた。
 
 マルクスゴールの提案者は、当時「五泉のtk(Tetsuya Komuro)」としてヒット曲を連発していた某サポーター。偶然だけど、同じ試合で僕は同じ原曲(ブルーハーツのキスしてほしい)で、「Let's go 寺川能人!」というチャントの提案準備をしていたのが、また切ないストーリーといえる。僕が当時住んでいたのは千葉の浦安浦安がもっと五泉に近ければ、この悲劇は起こらなかったはずww 試合当日、山形ベスパの試合会場で、同じ原曲で違う選手の歌を用意していたことが分かった瞬間のコールリーダー(しかもアウェイ在住)たる僕の立場が、皆さんにはお分かりいただけるだろうか?(しかも用意した曲のクオリティでも、必要性でもぼろ負けwww)
 
 うん。
 
 話は変わるけど僕は神奈川出身で、新潟大学の大学院時代に革命軍的サポーター集団を作り、卒業と同時にアル関入りし、そして再び新潟に戻ってきたという不思議な不思議なサポーター人生を送ってきちゃったわけだけど、その目線で見ると今の新大プロジェクトはすごいと思う。「スタジアムに最寄りの総合大学」という立地を生かし上手く活動してるなっツー感じ。

 
 一方で粕谷君や栗原君が、がんばってくれているアル関。これは実は結構難しく奥が深く、そしてその分ポテンシャルは高い。実は、関東人の最大派閥ではないかという説もあるくらい、東京近郊は「新潟人」の宝庫だ。それをネットワークさせるだけで、いくらでもイノベーションは起こせる。だから僕が「もったいないな」と思うのは、「関東+新潟出身学生=つながる」で終わっちゃってるように見えるところ。
 
 もちろん、これから彼らの活動も変わって行くと思うし、あんまりがつがつ言うと小言になっちゃうので、この辺にしとくとして、マジ話としては「学生」で括らずにキチンと関東在住アルビファンを網羅できる仕組みであってほしいなって事。
 
 アルビレックスは楽しい。これを知らない人が、まだまだいっぱいいる。まさに「伝えたいこの思い」なわけだけど、俺らの声を届ける先は、サポーターという身内だけでなくむしろじゃん。ここから先が難しいねw

 マルクスのPKのように、成功率100%ってわけにはいかないと思うけど、蹴らないと届かない。でも、大勢で沢山のボールを蹴ったら、何か起こったりして


 浜崎一(はまさき・はじめ) 
1977年生まれ。神奈川出身だが、新潟大学進学という理由で偶然新潟に移り住む。大学院時代にJ2初年度のアルビレックスにはまり、その後10年間事実 上のコールリーダーとしてアルビレックスの応援の最もホットな部分で活躍。現在はゴール裏を離れ、市民レベルでサポータームーブメントを起こす仕掛け役と なっている。